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	<title>ジョセフ・スミスの人生 Archives - 預言者ジョセフ・スミス</title>
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	<description>イエス・キリストの教会を回復した預言者</description>
	<lastBuildDate>Thu, 25 Aug 2016 04:50:47 +0000</lastBuildDate>
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		<title>ジョセフ・スミス：確固として揺らぐことなく</title>
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		<dc:creator><![CDATA[michiru]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Aug 2016 02:53:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ジョセフ・スミスの人生]]></category>
		<category><![CDATA[ジョセフ・スミス]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; 神の王国に入っては出て行く人の数に思いをはせ、ジョセフ・スミスはよく次のように言いました。「兄弟たち、わたしはまだ背教していません。そしてそのような気持ちもありません。」彼は回復の預言者として確固として揺ら [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/667/%e6%8f%ba%e3%82%89%e3%81%8c%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bb%e3%83%95%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9">ジョセフ・スミス：確固として揺らぐことなく</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://josefusumisu.com/files/2016/08/joseph-smith600.jpg"><img fetchpriority="high" fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-673" src="https://josefusumisu.com/files/2016/08/joseph-smith600.jpg" alt="決して信仰を捨てず、確固として揺らがなかったジョセフ・スミス" width="400" height="600" srcset="https://josefusumisu.com/files/2016/08/joseph-smith600.jpg 400w, https://josefusumisu.com/files/2016/08/joseph-smith600-200x300.jpg 200w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>神の王国に入っては出て行く人の数に思いをはせ、ジョセフ・スミスはよく次のように言いました。「兄弟たち、わたしはまだ背教していません。そしてそのような気持ちもありません。」彼は<a href="https://www.lds.org/topics/joseph-smith/testimony?lang=jpn">回復の預言者</a>として確固として揺らぐことがないように、またこの世に生まれてきた目的を果たす事ができるように、夜も昼も主に祈りました。</p>
<p>ジョセフ・スミス・ジュニアに関して今でも驚かされることは、そう多くの人にはない非常にたぐいまれな人格の持ち主だったということです。わたしは２年に渡って、週６日間それも１日に１２時間から１５時間を預言者ジョセフ・スミスの人生、彼の生きた時代、そして彼の教えの研究に費やしたことがあります。出生から死に至るまでの彼の人生について勉強しました。<a href="https://www.lds.org/?lang=jpn">モルモン教</a>として知られる末日聖徒イエス・キリスト教会の歴史について、またその頃の歴史について、政治、史学、社会経済、芸術や文学、宗教、社会と、全てを研究しました。</p>
<p>預言者の人生で起こった出来事を入念に区分し、彼を取り巻く歴史に目を向けました。このような研究を通して、彼を動かしたのは何だったのか、またなぜそうしたのかということを、より理解することができました。また、広範な研究によって彼が神の預言者であるという強い、確固たる証を得ました。彼は決して諦めませんでした。決して立ち止まりませんでした。そして、決して引き下がりませんでした。イエス・キリストと天の御父、そして彼自身に明かされた全てのことに関する証に確固として力強く立ち続けました。たとえどんなに残酷な形で裏切られても、何人たりともジョセフの信仰を打ち砕くことはできませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>迫害</strong></h3>
<p>ジョセフ・スミスは神の預言者で、主イエス・キリストから召されました。あの早春の朝、彼は静かな森に入って純粋な真心からの祈りを捧げました。そしてその日以降、タールを塗られ羽をつけられても、見に覚えのない罪や法定での審問をでっち上げられ不法に投獄されても、聖徒たちへの法を無視した理不尽な行いや迫害を受けても、どんなことをされても、ジョセフは自身が見たことと神から受けた召しを否定しませんでしたし、否定できませんでした。</p>
<p>ある夜、彼の双子の息子と娘がはしかにかかったとき、彼は乳児の息子を抱いてなだめようとしていました。突然ドアが開き、卑劣で冷酷な暴徒たちが預言者を一番に捕まえようと中に押し入ってきました。暴徒たちは彼の手から赤ん坊をもぎ取ってエマに投げつけ、家から牧草地までジョセフを引きずり出しました。そこで煮えたぎったタールをジョセフにかけ、骨にまで達する大やけどを負わせたのです。酒に酔って笑いながら、さらに男たちはジョセフに鳥の羽をかけました。また、暴徒たちが無理やり毒を飲ませようとしたため、彼は歯を折られてしまいした。ジョセフは大柄で強く、運動神経の良い男性でしたが、そんな彼でも暴徒に抵抗する事はできませんでした。しかし男たちは彼に毒を飲ませる事ができなかったため、ジョセフは死を免れました。彼らは激しい苦痛にもがき苦しみ気絶しかけているジョセフを解放し、よろよろと自分たちの家に帰り床につきました。この世での、そして永遠における自身たちの行いの結果についてなど考えもしませんでした。</p>
<p>数時間後、ジョセフを捜索していた人々が彼を発見し家まで運びました。彼らは夜通しジョセフの身体からタールを取り除きましたが、タールをはぐ度に彼の肌も一緒にはがれてしまいました。非常に痛々しく、心身を消耗させる夜を生き延びたジョセフは、翌朝には起き上がり、福音を宣べ伝えるために町へ出かけて行きました。その日は日曜日で、彼には分かち合うべきメッセージがあったのです。悔い改めと強さ、希望と永遠の愛についてのメッセージでした。ジョセフは主から力を受けて強められ、人々にそのメッセージを伝えることができました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>ジョセフの揺るぎない信仰</strong></h3>
<p>自身はひどい拷問を受け、妻と子供たちはこれ以上ないぐらいの恐怖を味わった夜のあと、ジョセフが『もうたくさんだ。』と言って信仰を捨てるだろう、と思う人もいるでしょう。しかしジョセフは信仰を捨てませんでした。イエス・キリストについて、また天の御父について宣べ伝え続けたのです。その日の集会には羞恥心と悲しみで突き刺され、心を和らげた暴徒が何人かいました。彼らは、昨晩あれほどに卑劣で冷酷な扱いを受けた男が、心から謙遜に赦しと赦しがもたらす癒しの力について証する姿を目の当たりにしたのです。病気で弱っていたにもかかわらず真夜中の寒い風に当てられて、冷酷な暴徒たちの残虐な行いのせいで亡くなった乳児の息子を埋葬しながら、ジョセフは『もうこんなことは続けられない。』と言って信仰を捨てるだろう、と思う人もいるでしょう。しかし、彼は信仰を捨てませんでした。</p>
<p>何度も何度も裁判に引きずり出され、リッチモンドの監獄とリバティーの監獄での長期にわたる不法な収監に耐えた後、神に嘆願して、『神と会い、話をしたことを否定します。』と信仰を捨てるだろう、と思う人がいるでしょう。しかし彼は否定せず決して道をそれませんでした。</p>
<p>彼がついに泣きくずれ神に叫び求めたのは、モルモン教の聖徒たちが強姦され、殺され、家から追い出され、服以外ほとんど何も持たずに凍りつくミシシッピ川を渡らなければならなかった時です。残酷な暴徒たちがハウンズミルでモルモン教の会員たちを、「シラミは卵から生まれる。」と冷たく言い放ち、幼い子供たちまでも虐殺した時です。法を無視した者が地を支配し、憐れみの手が差し伸べられず正義が黙した時、ジョセフはついに神に叫び求めたのです。</p>
<p>「おお、神よ、あなたはどこにおられるのですか。あなたの隠れ場を覆う大幕はどこにあるのですか。あなたの御手はいつまでとどめられ、あなたの目、まことにあなたの清い目はいつまで永遠の天からあなたの民とあなたの僕たちへの不当な扱いを眺め、またあなたの耳はいつまで彼らの叫び声で貫かれるのですか。まことに、おお、主よ、彼らがどれほど長くこれらの不当な扱いと不法な虐げを受ければ、あなたの心は彼らに和らぎ、あなたの胸は彼らに和らぎ、彼らに対する哀れみの情に動かされるのですか。おお、全能の主なる神よ、天と地と海とその中にある万物の造り主よ、悪魔とシェオルなる暗い闇の領域を支配し従えておられる御方よ、あなたの御手を伸べてください。あなたの目が貫きますように。あなたの大幕が取り去られますように。あなたの耳が傾けられますように。あなたの心が和らぎ、あなたの胸がわたしたちに対する哀れみの情に動かされますように。」（教義と聖約　１２１章１−４節）</p>
<p>このような堪え難い経験をしても、その後亡くなるまでただの一度もジョセフは最初の示現を否定しませんでした。地上に福音を回復するようイエス・キリストと天のお父様から召された事を否定しませんでした。どんな犠牲を払うことになろうと、預言者の召しから逃げようとはしませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>確固として揺らぐことなく歩む</strong></h3>
<p>今では、ジョセフ・スミスの名は良くも悪くも世に知られています。ジョセフは今でも信仰に固く立ち、世界に向かって叫んでいます。イエス・キリストは生きておられます。天の御父は生きておられます。彼らはわたしたちを愛しておられ、キリストの福音とすべての約束、希望、そして報いは今日地上に完全に回復されました。神のもとに戻ってきてください。戻ってきて平安を得てください。あなたが何者なのか思い出してください。</p>
<p>最後に、ジョセフ・スミス・ジュニア本人の言葉でこの投稿を終わりにします。１８３５年１１月６日の預言者の日記には次のように記録してあります。</p>
<p>「今朝、東の方から来た男性を紹介された。わたしの名前を聞くと彼は、わたしの事を何者でもないただの男だと言った。彼の反応から、彼は主が御自身の御心を明らかにされる相手ともあろう人物は、ただの男よりも特別な何かを持った者だろうと思っていたことがうかがえる。彼は使徒ヤコブの口から出た言葉を忘れているようだ。『エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈をささげたところ、３年６ヶ月のあいだ、地上に雨が降らなかった。それから、ふたたび祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実を実らせた。』（ヤコブの手紙　５章１７、１８節）人々は、人がその創造主と関わりを持つ事など信じられないという見方をしている。まさしく、それがこの世代の闇と無知なのである。」（教会歴史２：３０２　ジョセフ・スミスの日記より　１８３５年１１月６日オハイオ州カートランド）</p>
<p>「この立場において、一体わたしがいつ誤った事を教えたというのだろうか。まどわされたというのか。出発し、わたしの姿が見えなくなる前にイスラエルにて勝利を得たい。わたしは完璧であるなどと一度も言った事はない。しかし、わたしが教えてきた啓示に誤りはない。それでわたしは取るに足りないものとして捨てられてしまわなければならないのだろうか。」（教会歴史６：３６６　１８４４年５月１２日のイリノイ州ノーブーでのジョセフ・スミスの講話より　トーマス・バロックからの報告）</p>
<p>「わたしは間違いを犯すが、警察から疑われているような間違いは犯さない。わたしが犯す間違いは他の人々と同様、人間の弱さによるものだ。欠点のない人などいない。イエスでさえ、もし今この場に彼がいたら君の目に欠点のない人間だと写るだろうか。彼の敵は、彼に対してあらゆる悪を語った。彼の中に邪悪を探したのだ。」（教会歴史５：１４０　１８４２年８月３１日のイリノイ州ノーブーでのジョセフ・スミスの講話より　エライザ・R・スノーからの報告）</p>
<p>ジョセフ・スミスの１８４２年１０月２９日の日記には次のように書いてある。「今朝ニューヨークから到着したたくさんの兄弟姉妹たちが集まっている（イリノイ州ノーブーの）店に行った。わたしは彼らに、わたしは人間です、完璧だとは思わないでください、と伝えた。もし彼らがわたしに完璧を期待するならば、わたしも彼らに完璧を期待するべきだ。しかし彼らがわたしの弱点に耐え、兄弟たちの弱点に耐えるなら、わたしも彼らの弱点を耐えよう。」（教会歴史５：１８１　段落に編集が加えられています　ジョセフ・スミスの日記より　１８４２年１０月２９日、イリノイ州ノーブーにて）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><i>この記事はキャンデスによって書かれ、</i><a href="http://ldsblogs.com/1454/steadfast_and_steady"><i>ldsblogs.com</i></a><i>に掲載されたものです。翻訳者は<a href="https://sites.google.com/site/campbellejtranslation/">キャンベル葵</a>です。</i></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/667/%e6%8f%ba%e3%82%89%e3%81%8c%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bb%e3%83%95%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9">ジョセフ・スミス：確固として揺らぐことなく</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
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		<title>預言者ジョセフ・スミスとW・W・フェルプス</title>
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		<dc:creator><![CDATA[キャンベル 愛美]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Dec 2013 17:31:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ジョセフ・スミスの人生]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>末日聖徒イエス・キリスト教会（しばしばうっかりモルモン教会と呼ばれます）の預言者であり，大管長であるジョセフ・スミスは生涯にわたって多くの友人に恵まれました。ジョセフは人々を深く愛し，彼らの福利と幸福について心をくだきま [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/389/%e9%a0%90%e8%a8%80%e8%80%85%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bb%e3%83%95%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%81%a8w%e3%83%bbw%e3%83%bb%e3%83%95%e3%82%a7%e3%83%ab%e3%83%97%e3%82%b9">預言者ジョセフ・スミスとW・W・フェルプス</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">末日聖徒イエス・キリスト教会（しばしばうっかりモルモン教会と呼ばれます）の預言者であり，大管長であるジョセフ・スミスは生涯にわたって多くの友人に恵まれました。ジョセフは人々を深く愛し，彼らの福利と幸福について心をくだきました。これらの特質は末日聖徒イエス・キリスト教会の初期の指導者であり，ジョセフ・スミスの友人でもあったウィリアム・<span style="font-family: Century;">W</span>・フェルプスにとって大きな祝福となりました。</span></span></p>
<p><b><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ジョセフ・スミスの人となり</span></b></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ジョセフ・スミスは長身で青い目で明るい茶色の髪をしていたとよく言われています。彼は壮健で，人なつこく，陽気で，カリスマ性のある，人をひきつける，親しみのある人でした。よくにっこりしていましたが，それが笑い声にかわることもありました。子供と接するのが好きで，会う人は誰でもすぐに彼にひきつけられてしまいました。「彼の見たものは非常に変わった衝撃的なものであり，また彼の態度は非常に真面目で，明らかにとても率直で，興味を持たずにはいられません。」ジョセフは「とても思いやりがあります。」「彼は正直で，彼を知る人は誰でも彼を好きになりました。」彼は自分の周りにいる人すべてに個人的な関心を寄せ，皆「対等」と考えていました。ジョセフの態度は「威厳があると同時に優しく，厳かであると思えば非常に陽気」でした。顔は「慈しみと博愛にあふれて」いました。彼は「高貴な大胆さと自立した人格」を備えていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ジョセフが説教するときは，「彼の説明は明瞭で，とても常識的で，純粋な信条だったので偏見のない公正な人々は彼の信念に興味をかきたてられました。」「彼は聴衆に興味を持たせ，精神を高揚させ，一方同時に魅了し，楽しませたので誰も絶対に演説にうんざりすることはありませんでした。」</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">ジョセフの母親は彼について他の二人のきょうだいたちに比べ，「本を熟読することはほとんどありませんでした」が，「はるかに瞑想と深い研究」をしていたと述べました。</span><span style="font-size: small;"><sub><span style="font-family: Century;">2</span></sub><sub>　</sub></span><span style="font-size: medium;">ジョセフは友人たちとは「社交的で会話好きで，しばしば毒のないジョークをとばしていました。」</span></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">一人の執筆者はジョセフ・スミスが複雑な考えを概念化して単純に教えることができたと述べています。ジョセフは驚くべき記憶力の持ち主でした。</span><span style="font-size: small;"><sub><span style="font-family: Century;">3</span></sub><sub>　</sub></span><span style="font-size: medium;">彼は「導きを求める弱い，または混乱した人々を本質的な道理により導く堂々とした行動力」を授けられているようでした。ジョセフは自分を「欠点やおろかなところがない人間に見せようとはしませんでした。」彼はまた「人を見る目がある」と言われていました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">人々はモルモン書を読み，末日聖徒イエス・キリスト教会の会員になると，ジョセフ・スミス（末日聖徒イエス・キリスト教会の最初の大管長で預言者でした）に会うきっかけを探したものでした。</span></p>
<p><b><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ウィリアム・ワインズ・フェルプス預言者ジョセフ・スミスに会う</span></b></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;"><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;"><a href="http://josefusumisu.com/files/2013/12/WW-Phelps-235x300.jpg"><img decoding="async" class="alignleft size-full wp-image-392" alt="WW-Phelps-235x300" src="https://josefusumisu.com/files/2013/12/WW-Phelps-235x300.jpg" width="235" height="300" /></a></span></span>フェルプスは教会の指導者の一人のパーリー・<span style="font-family: Century;">P</span>・プラットからモルモン書をもらいました。彼と妻はその晩ずっとモルモン書を読みました。彼らはモルモン書の教えを聖書の教えと比べました。朝になるまでに彼らはモルモン書が神の御言葉であるという霊的な確信を得ました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">燃える証を胸に，フェルプスはモルモン書で見出した真理について宣べ伝え始めました。彼は伝道したことにより投獄されましたが，釈放されてから家族の荷物をまとめ，モルモン書の翻訳者であるジョセフ・スミスに会うためにニューヨーク州フェイエットに向かいました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">フェルプスがジョセフ・スミスに会ったとき，彼は預言者に自分は主が求められることを何でも行う準備ができていることを伝えました。フェルプスは文章の執筆，編集，印刷の技術を持っており，聖文印刷や他の神聖な業において預言者を助けるには適任となりました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;"><b><span style="font-family: Century;">W</span></b><b>・<span style="font-family: Century;">W</span></b><b>・フェルプスの業</b></span></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">フェルプスは教会に入り，教会の指導者の一人であるオリバー・カウドリを支援して，教会の学校のための本の執筆，印刷，選別の手伝をしました。（教義と聖約<span style="font-family: Century;">55</span>：<span style="font-family: Century;">1</span>－<span style="font-family: Century;">4</span>参照）また，預言者の妻であるエマ・スミスの教会の最初の賛美歌の編纂を助け，<span style="font-family: Century;">29</span>曲の賛美歌の歌詞を書き，その多くは現在でも歌われています。また主の啓示を編集した『戒めの書』の活字組みをし，教会の定期刊行物である『<span style="font-family: Century;">The Evening and Morning Star</span>』を発行しました。彼は多くの鍵となる教義的なエッセーを書き，教義と聖約の編集を支援し，政治的，法律的な問題について教会を代表し，公式な手紙や嘆願書を書き，教会とその指導者たちを代表して政府の役人に陳情しました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">フェルプスはジョセフ・スミスとの交遊を楽しみ，預言者もフェルプスに対して「天の示現によりこの確信を得た神の人として全幅の信頼」を寄せていました。フェルプスは教会に対して深い献身を示し，ジョセフ・スミスや他の教会の指導者に忠実でした。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">フェルプスはジョセフとその他の<span style="font-family: Century;">6</span>人とともにシオンの地を探すためにミズーリに旅をするように選ばれました。フェルプスはそこに留まり，ミズーリを愛するようになりました。そこで彼はその地域で教会を監督する助けの責任を受けて奉仕しました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">ミズーリにいる間，フェルプスは反モルモンの迫害を受けました。『戒めの書』を印刷しているとき，暴徒が彼の印刷所を襲い，プレス機や家を破壊しました。彼は妻とは別々に逃げました。子供たちのうちの二人は逃げ，別の二人はがれきに埋もれましたがけがはありませんでした。暴徒たちがすべてのモルモンはそこを立ち退かなければ虐殺すると要求したとき，フェルプスは自ら捕虜となりました。また暴徒と解決のための話し合いをし，モルモンの半分は<span style="font-family: Century;">6</span>か月の間に立ち退き，残りの半分はその後<span style="font-family: Century;">4</span>か月の間に立ち退くこととなりました。しかし暴徒は<span style="font-family: Century;">2</span>か月もたたないうちに襲撃してきて，家に火を放ち，女性を辱め，略奪し，殺しました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">家族とともにミズーリ州の他の郡に落ち着いた後，フェルプスは当時教会の本部があったオハイオ州カートランドに旅をするよう選ばれました。二年近く彼はジョセフとエマ・スミスとともに暮らしました。この間，教会はカートランド神殿を建て，フェルプスは神殿の奉献のときに起きた驚くべきペンテコステのような天の現れを目の当たりにしました。天から主イエス・キリスト，モーセ，エライアス，エリヤや他の天使たちが神殿にやって来ました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;"><b><span style="font-family: Century;">W</span></b><b>・<span style="font-family: Century;">W</span></b><b>・フェルプスの転落</b></span></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;"><span style="font-family: Century;">1836</span>年にフェルプスはミズーリ州に戻りました。彼とジョン・ホイットマーは聖徒たちが移住するための場所を探す責任を与えられていました。彼らは教会のステーク会長会の顧問であり，土地を購入するために奉献された資金を使いましたが，彼らは個人の名前で土地を購入し，それから聖徒たちに土地を売却し，少しの利益を得ていました。彼らは自分の家族を維持するためにお金を得る権利があると合理化しました。教会の会員たちは不満を表し，その件は調査されることとなりました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;"><span style="font-family: Century;">1837</span>年<span style="font-family: Century;">4</span>月にはフェルプスとホイットマーは悔い改めて，それをやめるように命じられましたが従いませんでした。<span style="font-family: Century;">1837</span>年<span style="font-family: Century;">9</span>月に主はジョセフ・スミスに啓示を与え，彼らを激しく非難しました。<span style="font-family: Century;">1837</span>年<span style="font-family: Century;">11</span>月にジョセフ・スミスにより開かれた大会の中で聴衆の前で告白し，そこで預言者から激しく責められました。しかし彼らはまもなく悪い行いに戻ってしまいました。彼らは<span style="font-family: Century;">1838</span>年<span style="font-family: Century;">2</span>月に指導者の召しをはく奪されました。<span style="font-family: Century;">1838</span>年<span style="font-family: Century;">3</span>月に開かれた宗紀評議会に出席するのを拒みました。彼らはキリスト教徒らしくない行いにより会員権が停止されました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">フェルプスは教会の最悪の敵の一人となりました。今や彼は記事を書くという才能を教会の敵を扇動する目的で使い，訴権乱用の提訴にまで至らせました。彼は偽りの噂を広め，中傷的な報告を出版し，暴徒たちに怒りをたぎらせました。ジョセフ・スミスに反対し，彼の業の価値を低くしました。主が預言者を通してフェルプスに悔い改める機会を与えたとき，彼は拒みました。ミズーリ州知事のリルバーン・ボッグズのモルモン撲滅令や，ミズーリ州での多くのモルモンの大虐殺にも加担しました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">フェルプスはまたジョセフ・スミスを裏切り，彼の最悪の敵に彼を引き渡しました。フェルプスはジョセフ・スミスや他の教会の指導者の裁判で嘘の証言をしたので，リバティーの監獄で長い冬の間，非人間的な状況に監禁されることとなりました。フェルプスは<span style="font-family: Century;">1839</span>年<span style="font-family: Century;">3</span>月に教会から破門されました。</span></span></p>
<p><b><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">教会に戻るフェルプスの旅路</span></b></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">フェルプスと家族はオハイオ州デイトンに移り，数年間教会とは縁を切っていました。この間，フェルプスは自分の嘘により預言者や教会の会員たちが苦しむことになったことに気づき，非常に苦痛を感じるようになりました。仕事を見つけることができず，無一文になってしまいました。家族は病気になり，彼は後悔し，自分の魂は永遠に失われたと思いました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">この大変なときに，教会の二人の指導者であるオーソン・ハイドとジョン・ページはオハイオ州に宣教師としてやって来てフェルプスを見つけました。フェルプスは彼らに大きな悲しみを表しました。彼らはフェルプスに預言者に赦しを乞う手紙を書くように励ましました。フェルプスは手紙を書き，自分の重大な誤りに対する悲しみを表明し，「聖徒や神が要求できるあらゆる点まですべて満足」するように行う意志を表しました。ハイドとページはその手紙をジョセフに手渡しました。返事を待っている間，彼は希望を持てませんでした。自分の裏切りがどれほどひどいものであったか知っていたからです。彼の不正直と苦しみは教会の多くの会員を苦しめ，死に至らしめたからです。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: medium;">ジョセフは試練を受けたために，愛や友情，思いやりと親切は深まっていました。彼はその手紙を教会の指導者たちの前で読み上げました。指導者たちの多くはリバティーの監獄でともにいた人々です。そして彼らの気持ちを尋ねました。彼らはフェルプスが教会に戻るという結論で一致しました。それから預言者は教会の承諾を求めました。多くの会員はフェルプスの言動により苦しみました。挙手を求めると彼らもフェルプスを赦すということで全会一致しました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ジョセフはフェルプスに手紙を書き，彼の決意を理解して「心は溶けて柔和で思いやり」を持っていることを伝えました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">「わたしはあなたのことについてエホバ（わたしはその僕ですが）の賛同に会うような方法で行動するのは神の御旨に沿っていると確かに感じており，明らかにされた真理と義の原則にかなっていると思います。そして自らを低くし，悔いている者に対する御父の特性はいつも辛抱強く，忍耐強く，慈悲を持っておられます。わたしはその模範にならい，同じ原則を愛して，同胞の救い手となろうと思います。」</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ジョセフはフェルプスの告白が本当で悔い改めは純粋であると信じ，手紙を次ように結んでいます。「親愛なる兄弟，来てください。戦いは終わったのです。最初友は最後には再び友となるのです。」</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">夕食の後フェルプスが家に近付いているのを見つけると，ジョセフはテーブルから飛びだし，道を下り，彼に両腕で抱きつきました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">Ｗ・Ｗ・フェルプスは死ぬまで教会に忠実でおり，ジョセフ・スミスに対しても忠実でした。ジョセフが殉教した後，フェルプスは末日聖徒に好まれる賛美歌「たたえよ主の召したまいし」の歌詞を書き，預言者ジョセフの特質と使命を称えました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">資料</span></p>
<p><a href="http://ldsmag.com/article/1/13081#.Ugludi-pVbA-email"><span style="color: #0000ff; font-family: ＭＳ Ｐゴシック; font-size: 10pt;">http://ldsmag.com/article/1/13081#.Ugludi-pVbA-email</span></a></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">注：</span></p>
<ol>
<li>ジョセフ・スミスについての記述のほとんどは以下からのものです。</li>
</ol>
<p><a href="http://www.josephsmithacademy.org/wiki/joseph-smith-physical-characteristics/#note-1511-18"><span style="color: #0000ff; font-family: Century; font-size: 10pt;">http://www.josephsmithacademy.org/wiki/joseph-smith-physical-characteristics/#note-1511-18</span></a></p>
<p><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">トゥルーマン・Ｇ・マドセン「<span style="font-family: Century;">Joseph Smith: The Prophet</span>」<span style="font-family: Century;">(</span>ソルトレーク・シティー，ブッククラフト，<span style="font-family: Century;">1989</span>年<span style="font-family: Century;">)</span></span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-family: Century; font-size: 10pt;"> </span></p>
<ol>
<li>マドセン，「Joseph Smith: The Prophet」</li>
<li>マドセン，「Joseph Smith: The Prophet」</li>
<li>教会歴史参照2：379，428，436</li>
</ol>
<p><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">この投稿はポーラが書きました。ポーラはモルモンの歴史について<span style="font-family: Century;">3</span>本の投稿をしました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000;">ポーラ・ヒッケンは2000年から2013年までニール・A・マックスウェル宗教学問インスティテュートの編集者でした。ブリガム・ヤング大学にて英語の学士号を取得しました。マックスウェルインスティテュートのニュースレターである『Insight』を編集し，『Faith, Philosophy, Scripture, Hebrew Law in Biblical Times』（第2版），『Third Nephi: An Incomparable Scripture』を製作編集，『Analysis of the Textual Variants of the Book of Mormon』のコピー・エディターをしました。またマックスウェルインスティテュートの知的財産管理，権利と許可を監督しました。『エンサイン』，『リアホナ』，『チャーチニュース』，『FARMS Review</span></p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/389/%e9%a0%90%e8%a8%80%e8%80%85%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bb%e3%83%95%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%81%a8w%e3%83%bbw%e3%83%bb%e3%83%95%e3%82%a7%e3%83%ab%e3%83%97%e3%82%b9">預言者ジョセフ・スミスとW・W・フェルプス</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
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		<title>本当のエマ・スミスとはどのような人か？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[キャンベル 愛美]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 21 Dec 2013 13:55:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ジョセフ・スミスの人生]]></category>
		<category><![CDATA[モルモン教の女性]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; エマ・スミスは最初のモルモン教の預言者であるジョセフ・スミスの妻でした。彼女の物語は複雑で、モルモン教の会員であるかに関わらず、非常に議論の的になる人物です。今日のモルモン教では、彼女の部分的なものを論ずる [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #000000;"><a href="http://josefusumisu.com/files/2013/12/emma-smith-mormon.jpg"><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-386" src="https://josefusumisu.com/files/2013/12/emma-smith-mormon-225x300.jpg" alt="預言者の妻エマ・スミス" width="500" height="667" srcset="https://josefusumisu.com/files/2013/12/emma-smith-mormon-225x300.jpg 225w, https://josefusumisu.com/files/2013/12/emma-smith-mormon.jpg 600w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></a></span></span></p>
<p>エマ・スミスは最初のモルモン教の預言者であるジョセフ・スミスの妻でした。彼女の物語は複雑で、モルモン教の会員であるかに関わらず、非常に議論の的になる人物です。今日のモルモン教では、彼女の部分的なものを論ずるのではなく、その人生全体という文脈から見ようとする傾向があります。理解されているのは、彼女が若い花嫁として、想像を絶するようなチャレンジのある生活に踏み入ったことです。結婚まで、彼女は特権階級の生活をしていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><b>エマ・スミスの若いころと結婚</b></h2>
<p><span style="color: #000000;">エマ・スミスは１８０４年にペンシルベニアで生まれました。彼女の家族は経済的にはかなり恵まれており、エマはその当時としてはよく教育を受けていました。彼女は学校の先生で、かなり高価な品物も所有していました。その中には何頭かの牛もいました。これらのものは教えたことに対する報酬でした。彼女の家族は信仰深く、敬虔なクリスチャンでした。彼女の大人になるまでの生活は彼女を、伝統的で成功している大体同じような背景を持った男性と結婚して、快適な生活をするために準備するように計画されていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">その代わりに、彼女はジョセフ・スミスに恋するようになりました。ジョセフは生活に苦労している農夫の息子でした。彼の家族は、最善を尽くしているのですが生活は楽ではなく、いつも様々な家族の仕事に精を出しながら、裕福になることは決してありませんでした。ジョセフが受けた学校教育はほんの２−３年だけで、父親から基本的なことを習いました。近くには学校がなく、正式な教育を受けたのはたった３年だけでした。彼は文盲ではありませんでした。上手に手紙を書くこと、ましては本を著すような力はありませんでした。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">しかも、彼には「宗教について普通ではない考え」があって、相当な程度で界隈のうわさの対象になっていました。ジョセフ・スミスは１４歳の時、どの教会に加わるべきか森の中に入って祈ったのです。神とイエス・キリストが彼に現れ、彼にどの教会にも加わらないように告げました。というのは、どの教会にも完結された福音がなかったからです。若いころ、モロナイという名の天使が彼に現れ、聖書とイエス・キリストを証する古代の聖典について教えました。その記録は<a href="https://www.lds.org/scriptures/bofm/introduction?lang=jpn">モルモン書</a>と呼ばれることになりました。モロナイの父親の名前に因んでいますが、そのモルモンが古代の記録の抄録を作ったのです。モロナイや他の天の使者が、ジョセフ・スミスを回復された教会の預言者になるように変えていく長いプロセスを始めました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">ジョセフがエマにふさわしくなろうと一生懸命努力していたにもかかわらず、これらのすべてのことはエマの家族を驚かせました。彼は家族の生活を助けるために働きながら、学校に通いました。彼は信頼のおける正直な労働者で、ある人たちは彼をそれまで雇った人たちの中では最高の働き手であると述べていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">家族から彼と結婚することに対する支持を受けられなかったので、エマはジョセフと駆け落ちしました。彼らは彼の家族と一緒に住み、それから、しばらくは彼女の家族と一緒に住みました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><b><span style="color: #000000;">エマ・スミス、預言者の妻</span></b></h3>
<p><span style="color: #000000;">ついにモロナイは、ジョセフはモルモン書の内容が書かれた古代の金属版を受け取る準備ができていると知りました。ジョセフはそれを受け取りに出かけ、エマもいっしょ馬車に乗って付き添い、彼が受け取っている間馬車に残って祈っていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">その版が翻訳されている時、布の下に隠されていました。彼女はしばしばそれを動かしました。掃除をしているときですが、彼女はその布の下にあるものを見ようと誘惑されたことがありませんでした。彼女は類いまれな信仰を持っていたからです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">最善を尽くしたものの、ジョセフは霊感によって訳したものを十分適切に書いたり綴ったりすることができませんでした。時々、エマは彼の書記として働きました。ある日、いっしょに<a href="https://www.lds.org/topics/book-of-mormon-translation?lang=jpn">翻訳</a>をしていたとき、彼は当惑したように見上げて、彼女にエルサレムは壁に囲まれていたかと聴きました。彼女は彼にそうであると伝え、彼は安心しました。それを知らなかったため、その時訳している版に書かれた言葉を見て、自分がだまされているのではないかと思ったのでした。ついに、他の人が記録する助けを申し出ました。それで彼女は家庭と家族の世話に戻ることができました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><b><span style="color: #000000;">エマ・スミス：多くの試練に見舞われた人生</span></b></h3>
<p><span style="color: #000000;">エマの子供たちの多くは年若くして亡くなりました。最初の３人も含まれます。彼らは名前を付けられる前に亡くなりました。双子が亡くなり、彼女はすぐ後で双子を養子にもらうことができました。彼らの母親が出産でなくなり、父親は一人で育てるのがふさわしくないと感じたからです。その双子の一人は、暴徒が家に押し入ってきたことが原因で亡くなりました。その双子はとてもひどい病気を持っていました。ある晩、ジョセフは妻を双子の女の子の方と寝室に行かせ、彼女は眠りにつきました。そしてジョセフも双子のもう片方といっしょに眠りました。すると暴徒が家に押し入ってきて、ドアを大きく開けました。彼らはジョセフを通りに引きずり出して、タールと羽毛を体につけました。その小さな男の子は寒気にあたり、もう既にひどく病気でしたので、それから間もなくして亡くなりました。彼女はもう一人の子供を生後１４ヶ月でなくし、もう一人の子供を翌年亡くしました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">エマにとっては、生活は楽ではありませんでした。たくさんの子供たちを亡くしたことだけでもひどく心を痛める経験でした。その上、家を何度も亡くしました。暴徒たちはモルモン教の会員を自分たちの家から追い出しました。しばしばそれは真冬に起こりました。多くの場合、彼女は着の身着のまま追い出されました。彼女は自分ひとりで子供たちを連れて逃げなければならないこともありました。というのは、暴徒はジョセフ・スミスを逮捕し、<a href="https://www.lds.org/?lang=jpn">モルモン教</a>を破壊するためにその指導者の影響力を除こうとしたからです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">彼女はこのような動乱の後でしばしば他の人と一緒に住まわせてもらわなければなりませんでした。また自分が家を持っている時には、頻繁に家のない人たちに宿を貸さなければなりませんでした。イリノイ州に住んでいたとき、アフリカ系のアメリカ人であり自由人であった人たちが彼女の戸口のところに来て、足が出血しており、ほとんど持ち物のない状態でした。もう旅費は支払ってあったのにもかかわらず、彼らは人種を理由に乗船を拒否されていました。彼らは東海岸からモルモン教の定住地に向かって歩いてきたのです。彼女が、彼らが近づいて来るのを見た時、直ちに彼らを招き入れ、家族と食事ができるようにしました。彼女とジョセフは彼らが客として、仕事と住居が見つかるまで滞在するように招きました。一人を除いてみな落ち着き先を見つけたとき、最後の女性が残り、その人はジェーン・マニングという名の十代の少女でした。彼女は自分が仕事を見つけられないので涙を流していました。エマは自分で彼女を雇って、部屋と食事付きで給与も与えました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><a href="https://www.lds.org/topics/relief-society?lang=jpn">扶助協会</a>という女性の補助組織の会長として、また預言者の妻として、かなりの時間を他の女性たちを養育し、慰め、教えることに費やしました。それを自分自身が慰められる必要がある時に行ったのです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">神によって与えられた啓示によると、彼女は「選ばれた女性」であり、その表現は今日のモルモン教の女性によって彼女たちがどのように生活し、彼らの試練にどう対処すべきであるかという標準を表す言葉になっています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><b><span style="color: #000000;">エマ・スミスと一夫多妻制</span></b></h3>
<p><span style="color: #000000;">まだ初期の教会の中でエマには模範とすべきモルモン教の女性がいませんでした。新しい状況が起こると、それに対処するのは彼女が最初であることがよくありました。そのようなチャレンジの１つは一夫多妻制です。彼女は近所の人にその啓示が成功して実施されるようにすることに関して忠告や慰めを受けることができませんでした。その後の女性たちにはそういうことができました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">神が一夫多妻制の教義を「すべてのことの回復」の一部としてジョセフに啓示された時、ジョセフはモルモン書の中に原則を見つけることができました。そこには預言者ヤコブが、神がそれを聖任される時だけ認められると、またそれは神のために特別に子供たちを設ける時であると説明しています。ジョセフは何年間かの間、それを受け入れること、あるいは実施することができませんでした。そして、とうとう神によって警告され、叱責されて始めることになったのです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">ジョセフ・スミスが預言者であったとき、ほんの少数のモルモン教の会員だけが一夫多妻制を実施していて、男性も女性もそれにどう対処したらよいのか不安と不確実性の気持ちで苦しんでいました。聖書に見るように、古代の最も義なる人々でも、その実施に苦しみました。アブラハムは２番目の家族を去らせることを余儀なくされました。彼の孫であるヤコブの妻たちは規則的に嫉妬心に苦しめられました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">エマも苦しみました。最初彼女は啓示を受け入れ、それに慣れようと努力しました。それから、エマは受け入れたり、拒否したりすることを繰り返しました。１つの明らかな理由は、自分の個人的な生活への影響力に加えて、聖徒がもう既にひどく迫害されていた状態で、もし聖徒が一夫多妻制の実施を始めたら、迫害がもっと強まることを確信していたからです。その心配は現実となりました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">ジョセフ・スミスの一夫多妻制から生まれて来た子供についての証拠は何もありません。ある女性が日記の中に書いていますが、そのような結婚が行われる時は、ジョセフは彼女と握手すると、二人は別々の家に別れていきました。ジョセフはたいていもう一人の男性を伴って結婚の申し込みに出かけるか、あるいはその女性の親戚の人が彼の代わりに申し込みをするようにしていました。コートシップとかロマンスが新しい妻を見つける過程で起こることは全くありませんでした。DNAのテストが教会の批評家がジョセフの他の結婚から生まれた子供であろうと疑ったすべての子孫に行われた結果、すべてのテストが否定的な結果でした。ジョセフは子供たちの父親としての役割を果たすことができました。この多妻結婚は一緒に住む結婚ではなかったのです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">いかなる結婚の形式であれ、エマはこの結婚に対処することがますます難しいと分かりました。歴史家リチャード・ブッシュマンは、彼らはこの件について深く、真剣に議論し、そして彼らの結婚は甚だしく緊張したものになったと述べています。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">彼らの関係は神殿が完成するとよくなりました。彼女は儀式を執行した最初の一人で、その儀式によりモルモン教の会員はキリストに似た生活をするという聖約をし、その後では、彼女は神殿の中で働き、他の人々の執行を助けました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><b><span style="color: #000000;">ジョセフ・スミスの殉教の後のエマ・スミスの生活</span></b></h3>
<p><span style="color: #000000;">一夫多妻制についての心配があったものの、エマは預言者としてのジョセフ・スミスを絶えず支持しました。そして、その役割にある彼のことを証しました。彼女は彼のことを気遣い、その死にあたっては大いに嘆きました。彼女は彼の髪の毛の一房をとって、それを生涯身につけていました。語り継がれているのは、彼女の死の少し前に、彼女は彼と天における彼らの住まいの夢を見たそうです。そして、彼女が亡くなるとき彼の名前をつぶやいていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">彼の死後の彼女の行動はあるモルモン教の会員にとっては理解するのが苦しむものです。モルモン教が非常に危険な状況にさらされていた時、彼女には５人の子供が残されていました。彼女がすぐに気がついたのは自分の経済状態は複雑であることでした。教会の初期の時代で、家族のお金と財産は教会のものと混ざっていました。それはもう行われないはずのことでした。何が彼女のもので、何が教会のものかはっきりしていませんでした。とりわけ、ジョセフがしばしば自分のお金を使って教会の必要を満たしていて、そのために彼女自身が責任を負わなければならない債務が生じました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">新しいモルモン教の預言者になったブリガム・ヤングと彼女の間には、何に対して彼女の権利があり、何が教会に所属しているかについて意見が分かれました。彼女は自分自身と子供たちを支える手段としていくつかの財産を保持しようとしました。しかし、その抗争は彼女とある教会の会員との間に、また教会の指導者との間に断絶を築きました。教会のだれもが再び逃げなければならないと気づき、だれもが自分の命のことで恐れていることで、瀬戸際に立たされていました。この事で人々は彼女のチャレンジについて普段ではそうであるはずより、思慮を欠いていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">自分が多くの教会の会員から疎外されていると感じ、また自分の健康が優れないことから、彼女はモルモン教の会員がユタに逃れていった時に、そこにとどまることに決めました。ジョセフの母親もまた年齢と健康のために残りました。長い間、エマはジョセフの母親を世話しました。しかし、当初はその市を離れました。彼女と子供たちは夫を殺した暴徒からの危険を感じていたからです。彼女が戻ったとき、自分が所有する財産を使って家族を支えることに苦労しました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">彼女はルイス・ビダモン少佐と結婚しました。彼はモルモン教の会員ではありませんでしたが、彼らが攻撃されていた時に味方した軍人です。彼には結婚外で生まれた一人の子供がいました。彼が結婚している間にも、もう一人の私生児をつくりますが、彼女はその子も引き取り、自分の子供として育てました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>教会の支配権の争い</strong></h3>
<p><span style="color: #000000;">ジョセフ・スミスが殺害されたとき、何人かの人が教会の支配をめぐって戦いました。小さなグループの人たちは預言者と大管長の役割は、父親から息子に引き継がれるべきだと主張しました。エマの子供はその役割を果たすには若過ぎました。そこで、これらの人たちは教会とは分離したグループを結成することにして、その息子が成人するまで彼に代わって責任を果たすことにしました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">息子は、最初は彼らの試みに抵抗を示しました。エマは子供たちに聖書とモルモン書を家で教えましたが、他のどの教会とも関係を持つことを避けました。しかし、彼女の息子はついに自分のためにとっておかれた教会を指導することに同意しました。エマも従順に加わりましたが、その教会では決して活発にはなりませんでした。この教会は再建末日聖徒イエス・キリスト教会と呼ばれていましたが、今日、キリストのコミュニティーと呼ばれる１つの福音派の教会となっています。時が経つにつれて、この教会は最初の形態からだんだん離れていきました。およそ２５万人の信者がいると言われています。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">エマ・スミスについての評価は彼女について研究する人の期待や動機によって色付けられます。ある会員は彼女に完全さを期待して、だれにとっても無理なような非現実的な期待をしていますが、とりわけあまりにも複雑な状況に置かれ、先例のないところに新しい道を切り開かなければならなかったことを考慮しなければなりません。モルモン教でない人はしばしば彼女を使って、教会が正しくないことの「証明」であると主張したがります。いずれの期待もエマには公平とは言えません。彼女は複雑な人で、必ずしもいつも自分自身の期待通りに生きたわけではないという単純な真理を回避しています。彼女はほとんど準備ができていない境遇に放り込まれ、自分自身の道を切り開かなければなりませんでした。極めて異常な状況の中で、彼女は最善を尽くしました。彼女はジョセフ・スミスに対する証を生涯持ち続けました。それは再婚後も変わりませんでした。彼女はすべての人と同じで、神のその子供たちに対する期待に沿おうと苦悶しました。彼女は親切で思いやりのある女性であると知られていました。彼女の姑は、他のどの女性も彼女ほどの試練に遭いながらそれ程の思いやりを持っていなかったと述べていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">今日のモルモン教の会員は彼女を讃え、尊重するように教えられています。彼女が不完全であったとはいえ、福音に対する彼女の本質的な貢献を、彼女自身の教会での務めと、彼女の夫を生きている間支えたことに対して認めています。今日、彼女の子孫の多くがジョセフ・スミスの導いていたモルモン教に戻って来ています。</span></p>
<p><b><span style="color: #000000;">資料：</span></b></p>
<p><span style="color: #000000;">ターリー、リチャード・Eおよびブリッタニー・A・チャップマン、「私の僕ジョセフへの慰め」、「末日の信仰ある女性たち」、ユタ州ソールトレイク市、デゼレト・ブック、２０１１年、３４３−３６２ページ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">ブッシュマン、リチャードLおよびジェッド・ウッドワース、「ジョセフ・スミス：ごつごつの岩が転がり」、ニューヨーク：アルフレッド・A・ノッフ、２００５年。</span></p>
<p><em><span style="color: #000000;">この記事は</span>テリー・リン・ビットナー<span style="color: #000000;">によって書かれました。</span></em></p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/383/%e3%82%a8%e3%83%9e%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%81%a8%e3%81%af%e3%81%a9%e3%81%ae%e3%82%88%e3%81%86%e3%81%aa%e4%ba%ba%e3%81%8b%ef%bc%9f">本当のエマ・スミスとはどのような人か？</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
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		<title>ジョセフ・スミスによる癒しについての個人的な証</title>
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		<dc:creator><![CDATA[キャンベル 愛美]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 12 Aug 2013 04:14:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ジョセフ・スミスの人生]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>個人的な話のファイルより ジョセフについての想起：マーク・L・マッコンキーにより新たに出版された『預言者ジョセフ・スミスを知る人々の個人的な思い出』にはジョセフ・スミスとかかわりあう機会を持った人々の個人的な話が複数載せ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">個人的な話のファイルより</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ジョセフについての想起：マーク・L・マッコンキーにより新たに出版された『預言者ジョセフ・スミスを知る人々の個人的な思い出』にはジョセフ・スミスとかかわりあう機会を持った人々の個人的な話が複数載せられています。ベンジャミン・ブラウンは自分が重い病気の時にジョセフ・スミスから癒しの祝福を受けた経験を分かち合いました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">わたしも家族も病気になってしまい，わたしは2，3週間，床についたままでした。わたしはすっかり意識不明になり，皆わたしが死ぬものと思いました。恐らく，わたしは死んでいたかもしれません。ある日ジョセフ・スミスはわたしのドアを通りかかり，というのはわたしは家のあっせんの世話をしていて訪問を受けていたのですが，あとから聞いたところによれば，彼はわたしの頭に手を置き，主の御名により起き上がって歩くように命じました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">わたしが最初に覚えているのは，すっかりよくなって床の上を歩いて，それから10分もしないうちに，一か月近く会えなかった娘に会いに行ったことです。わたしは喜びと幸福に満ちていましたが，ほかのみんなが自分のように感謝の気持ちを持っていないので非常に驚きました。これは主の僕により神の力によって速やかに癒された二度目の経験でした。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><a href="http://josefusumisu.com/files/2013/08/faith_twig.jpg"><img loading="lazy" loading="lazy" decoding="async" class="alignright size-medium wp-image-237" alt="faith_twig" src="https://josefusumisu.com/files/2013/08/faith_twig-300x288.jpg" width="300" height="288" srcset="https://josefusumisu.com/files/2013/08/faith_twig-300x288.jpg 300w, https://josefusumisu.com/files/2013/08/faith_twig.jpg 540w" sizes="auto, (max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a>このジョセフ・スミスという男のことを，世の中は詐欺師，偽預言者と呼びました。そして彼がかつて奇跡を行ったことを否定し，またはもしそれがあったとしても否定するように証言され，気のせいだと言われました。自分がよくなったのが分かるまで，わたしはジョセフの声を聞いてもいませんし，自分にかわって自分の身に何か手術が行われているのを見たわけでもないのにそれは気のせいだというのでしょうか。心の正直な人はわかるでしょう。 （ベンジャミン・ブラウン，真理の証：末日聖徒イエス・キリスト教会の大祭司，ロンドン，リーディング，ケント，エセックス会議議長のベンジャミン・ブラウンの旅や経験で目撃した奇跡的な天の配剤の神の力の表れの記録〔リバプール：S.W.・リチャーズ，1853年〕12）</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">神の神権の力がこの地上に回復され，回復された教会のすべてのふさわしい男性会員は従順で忠実であるならその力を持ち，行使できるというのはなんと慰められることでしょうか。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">この記事は末日聖徒イエス・キリスト教会のドリス・ホワイトが書きました。</span></p>
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		<title>聖なる森を訪ねて</title>
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		<dc:creator><![CDATA[キャンベル 愛美]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Apr 2013 22:19:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ジョセフ・スミスの人生]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>２０１２年６月のある日、夫とわたしはニューヨーク州パルマイラに立ち寄りました。わたしは何年もの間、その聖なる森に行きたいと思っていました。その森や末日聖徒イエス・キリスト教会（「モルモン教会」と誤った名称でたびたび呼ばれ [&#8230;]</p>
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]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">２０１２年６月のある日、夫とわたしはニューヨーク州パルマイラに立ち寄りました。わたしは何年もの間、その聖なる森に行きたいと思っていました。その森や末日聖徒イエス・キリスト教会（「モルモン教会」と誤った名称でたびたび呼ばれる）の歴史的な場所を訪問する機会がついに来たことに、わたしはとてもワクワクしていました。朝とても早い時間だったので、幸運にも自分たちだけでしばしその場を味わうことができました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><a href="http://josefusumisu.com/files/2013/04/joseph-smith-vision-mormon1.jpg"><img loading="lazy" loading="lazy" decoding="async" class="alignright size-medium wp-image-211" alt="joseph-smith-vision-mormon" src="https://josefusumisu.com/files/2013/04/joseph-smith-vision-mormon1-300x240.jpg" width="300" height="240" srcset="https://josefusumisu.com/files/2013/04/joseph-smith-vision-mormon1-300x240.jpg 300w, https://josefusumisu.com/files/2013/04/joseph-smith-vision-mormon1.jpg 555w" sizes="auto, (max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a>スミス家族宅の近くを歩き、わたしたちしかいないのをいいことに森へと戻りました。美しい木々の森を静かに歩きながら、心の中で思いました。「天父とイエス・キリストはここに現れたんだわ！」その思いは、畏敬の念と敬虔な思いでわたしを満たしました。以前にも聖なる場所を訪れたことはありますが、これは素晴らしい、類のない経験でした。</span></p>
<p><span>わたしは、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員である信仰深い両親の元に生まれました。教会の教えの中で育てられました。生まれてこの方、最初の示現の話を聞いてきましたが、実際に起こった場所にいると、それが真実だという個人的な証が強まりました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">１４歳の少年だったジョセフ・スミスは、１８２０年にニューヨーク州北部で彼を取り巻いていた騒動にもがいていました。彼は霊的事柄をとても真剣に受け止める信心深い少年で、異なるキリスト教宗派間の自分こそが唯一の真の教会だと主張する口論により混乱していました。彼は必ず正しい教会に加わりたいと思っていました。欽定訳聖書のヤコブ書１：５を学んだ後、どの教会が正しいか知るために祈りを通して神に願い求めるよう促しを受けました。ジョセフは、信仰を持って神に願い求めるならば、答えを受けるという信仰を持っていました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">１８２０年のある春の日、ジョセフは早起きをし、独りになるために散歩に出かけました。家の裏にある森に入って行き、やがて祈るためにひざまずきました。そこでの経験は彼の想像をはるかに超えたもので、今でも続く、止めることのできない一連の出来事の始まりでした。年若い少年の祈りの答えとして、父なる神とその御子イエス・キリストがその森に姿を現され、ジョセフ・スミスと顔を合わせて話をされました。お二方は、その時の地上にあるどの教会にも完全なイエス・キリストの福音がないので、加わらないようにと告げました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">その訪れだけで、複数の驚嘆すべき真実が地上に回復されました。―　父なる神とイエス・キリストは触れることのできる肉体を持った別々のお方であるということ。お二方がジョセフを個人的にご存知で、心にかけておられるということ。（それは私たちについても同じです。）完全な福音が地上から失われていたということ。それはジョセフが、神とイエス・キリストからの指示を携えた、天からの再びの訪問を受ける３年前でした。その後数年に渡り、ジョセフは地上から失われていた真理を回復するという使命を果たせるように、教えられ、備えられました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">末日聖徒イエス・キリスト教会は、今日地上に存在する唯一の真の教会です。これは、他の教会に価値や真理がないという意味ではありません。人々をイエス・キリストに近づけるために献身的な多くの善良な人々がいて、そのような教会があります。しかし、イエス・キリストご自身が完全な福音を回復され、末日聖徒イエス・キリスト教会にはそれがあると世に宣言されたのです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">これらの真理は２００年近く前に、ニューヨークの美しい森で回復されました。わたしはこれらの真理がわたしの人生に影響を与えたのを感じ、ジョセフが見たと言っていた事をその森で見たという静かな証を感じました。彼は知っていました。彼は神が知っているということを知っていました。そしてわたしは、それが真実だと知っています。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">この記事は、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員、ドリス・ホワイトによって書かれました。</span></p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/205/%e8%81%96%e3%81%aa%e3%82%8b%e6%a3%ae%e3%82%92%e8%a8%aa%e3%81%ad%e3%81%a6">聖なる森を訪ねて</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
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		<title>預言者ジョセフ・スミスって誰？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[キャンベル 愛美]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 13 Mar 2009 05:28:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ジョセフ・スミスの人生]]></category>
		<category><![CDATA[新規タグの追加]]></category>
		<category><![CDATA[預言者]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ジョセフ・スミスは、預言者、教師、または聖徒（末日聖徒イエス・キリスト教会の教会員のことを指す）から慕われた指導者として知られており、キリストご自身が建てられた教会を今の時代に「回復」した現代の預言者です。</p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/5/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bb%e3%83%95%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%81%a3%e3%81%a6%e8%aa%b0%ef%bc%9f">預言者ジョセフ・スミスって誰？</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_451" style="width: 610px" class="wp-caption aligncenter"><a href="http://josefusumisu.com/files/2016/03/Joseph-Smith.jpg"><img loading="lazy" loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-451" class="wp-image-451" src="https://josefusumisu.com/files/2016/03/Joseph-Smith-774x1024.jpg" alt="モルモン教の預言者ジョセフ・スミス" width="600" height="794" srcset="https://josefusumisu.com/files/2016/03/Joseph-Smith-774x1024.jpg 774w, https://josefusumisu.com/files/2016/03/Joseph-Smith-227x300.jpg 227w, https://josefusumisu.com/files/2016/03/Joseph-Smith-768x1016.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 600px) 100vw, 600px" /></a><p id="caption-attachment-451" class="wp-caption-text">モルモン教の会員はジョセフ・スミスについて深い尊敬の念を抱いていますが、会員が礼拝しているのはジョセフ・スミスではありません。</p></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>ジョセフ・スミス（1805－1844）は、<a href="https://www.mormon.org/jpn">末日聖徒イエス・キリスト教会</a>、または「モルモン教」を組織した預言者です。聖書（旧約及び新約聖書）によると、預言者とは人々に神の教えを伝えるために、自分の知恵や知識に依存せず、神からの啓示を受ける人のことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>ジョセフ・スミスとは？</h2>
<p>ジョセフ・スミスは、預言者、教師、または聖徒から慕われた指導者として知られています。キリストご自身が建てられた教会を今の時代に「<strong>回復</strong>」した現代の預言者です。つまり、新しい宗教を作り出したのではなく、古代のキリストの教会を<strong>回復</strong>した人なのです。神から預言者として召された彼は、神から直接権能を受け、キリストの教会を回復し、神から直接受けた真理を教えました。この聖職を通して、１８３０年代にはわずか一握りの教会員が、今では世界中に広がる教会に発展しました。ジョセフ・スミスは、教育、財産、傑出した家系の恩恵などからはかけ離れた条件の下で神のみ業を達成しました。キリストのために擁護した道を、彼は決して後戻りするとこはありませんでした。</p>
<p>預言者ジョセフ・スミスは、アメリカ歴史上、最もカリスマと影響力のある宗教的人物の一人です。多数の人々が彼の教えに従い、生涯の中に設立した教会に加わりました。この回復された教会の教えは、伝統的牧師の教えやプロテスタントの説教者の教えと比べると、異端視されることがあります。それは、キリストと彼の弟子たちの死後、次第に真実のキリストの教義が失われていったためです。</p>
<p>このウェブサイトは、預言者ジョセフ・スミスをより良く知りたいと真理を求めておられる人々のために作られました。救い主イエス・キリストとモルモン教、又、預言者ジョセフ・スミスの証を理解するには、神から直接示された真理の証を受けたいと切望するすべての人々が、真剣に受け止め祈り求めて受ける気持ちが必要とされます。</p>
<p>預言者<a href="https://www.lds.org/topics/joseph-smith?lang=jpn">ジョセフ・スミス</a>について学んでいただけるよう、心からお招きいたします。真理を知りたいという真実な望みを抱きながら、心と知性を大きく開いて学ばれるならば、あなたの疑問に対する答えを見出すことができることでしょう。</p>
<p><iframe width="1080" height="608" src="https://www.youtube.com/embed/XKxGFAGRE2U?wmode=transparent&amp;rel=0&amp;feature=oembed" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>The post <a href="https://josefusumisu.com/5/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bb%e3%83%95%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%81%a3%e3%81%a6%e8%aa%b0%ef%bc%9f">預言者ジョセフ・スミスって誰？</a> appeared first on <a href="https://josefusumisu.com">預言者ジョセフ・スミス</a>.</p>
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